他者という名の鏡を失った主体は、宇宙の最中に呆然と立ち尽くす。かつてその先に存在した反射体は失われ、「私」の言葉はブラッグホールに吸い込まれて行く。それを、喪失という。身を切り裂き、肉は引き裂かれ、しかしそれらのことは精神によってのみ知覚される。記憶の問題だけが、最後まで残される。そのことの余りの壮絶さに、私は気を失った。視界を失い、気づいたら床の上に倒れていた。目を開けて天井を見上げた時に込み上げて来た情動を、絶望と名付けた。しかしその耐え難いほどの強烈な情動でさえ、幾ばくかの時間を過ぎれば過去の産物となる。絶望に怯える時間と希望に開かれる時間とがやがて交互にやってきて、いつしかその配分が逆転をし始める。それでも、生涯消えない絶望の欠片は残される、消えることはない。
これら全ての経験の総体を、私たちは「喪失」の二文字でしか表現することができない。けれどそのことに絶望する必要はない。偶然にも私たちが付与されたものは、言葉だけではない。「叫び」それは言葉ではない。「涙」それも言葉ではない。それら最もプリミティブな方法を土台として、「私たち」は長い時間をかけて文化を形成した。ここで云う文化とは何で在るか。考えるまでもなく、既にそのことを知っているあなた自身がそこに居る。記憶の問題だけが、最後まで残される。そのことの幸福と不幸を、あなたは噛みしめる。
これら全ての経験の総体を、私たちは「喪失」の二文字でしか表現することができない。けれどそのことに絶望する必要はない。偶然にも私たちが付与されたものは、言葉だけではない。「叫び」それは言葉ではない。「涙」それも言葉ではない。それら最もプリミティブな方法を土台として、「私たち」は長い時間をかけて文化を形成した。ここで云う文化とは何で在るか。考えるまでもなく、既にそのことを知っているあなた自身がそこに居る。記憶の問題だけが、最後まで残される。そのことの幸福と不幸を、あなたは噛みしめる。
佐藤晃子筆
我的摯友,她患上了精神病,病發時會長時間失去四肢動彈的能力。
看她的文筆,我就能輕易的好像四肢在慢慢的喪失功能,時間越久就越怕再也不見了。
因為這樣的無能為力,因為這樣的單薄,才這樣的美麗。